著者アーカイブ: Keitapt

『行ったことないしな』と大した理由もなかったのだが、ミャンマーに行くことに決めた。

 

バンコクからミャンマーの首都ヤンゴンに行く方法としては二種類ある。

飛行機、もしくはバスである。

 

空路は、LCCを使えば、バンコク→ヤンゴンが5000円ほどで飛べる。フライト時間はたったの1時間15分。

一方、バスの場合、料金は2500円ほど。そして移動時間は24時間以上。

 

99%の旅行者は飛行機を選ぶであろう。

しかし、私は3年ぶりに陸路での国境越えがしたいと考え、バスを選んだ。

そして道中、何度も後悔することとなる。

 

 

バンコクのバスターミナルを夜10時に出発。

ミャンマーとの国境の街Mae Sotには朝7時ごろ到着予定だという。

バスは冷房が効いており非常に快適、というより寒すぎるくらい。

 

道中何度も警官に止められ、パスポートの確認を強要されながらも、予定通りにミャンマーとの国境の町Mae Sotに到着する。

 

ここであることに気づく。

周りを見回すとタナカだらけなのである。

タナカな男の子

タナカな女の子

 

そう、タナカとはミャンマーの人たちがする化粧のことで、男も女も様々なデザインのタナカをしている。

 

 

タイの出国およびミャンマー入国は問題なくできた。

その後、バスチケットを購入し、一気にヤンゴンへ。

 

私はミャンマーという国を知らなさすぎた。

 

ミャンマーは東南アジア諸国の中では、発展している部類に入ると思っていた。しかし、どれだけ走っても田舎道。

ヤンゴンのバスターミナルに着くまで町らしい町など一つもなかったのある。

これまで訪れた国の中では、カンボジアと似ており、ベトナム、フィリピンに比べてもかなりインフラが整っていないように思えた。

そして、夜になり気づく。

暗い、めちゃくちゃ暗いのである。

久しぶりに『まずいな』と思った。

 

というのも宿は予約していたのだが、その位置に関しては調べておらず、バスターミナルからのどのくらいの距離があるのか把握していなかった。

そしてタクシーの料金などについても全く理解していなかったのだ。

 

 

夜9時、周りにはホテルなどある気配もない大きなバスターミナルに到着する。

ミャンマー人の肌は黒く、暗闇で見ると白の眼球が強調され、少し怖い。

インドに初めて旅した時も同様のことを感じたことを思い出した。

 

 

さてどうしたものかと途方に暮れていると20歳代前半だと思われる小柄な男が話しかけてきた。

 

『タクシーだろ?乗せてやろうか?』

これは助かった。しかし、まず行うことがある。

 

『そうなんだけど、ここから宿までの距離が全くわからないんだよ』

『じゃあ俺のケータイを使いなよ』

と自らのケータイを使わせてくれた。

 

調べると宿までは20km。

彼に運賃を聞くと20000チャット(2000円)だという。

 

『それは高すぎるよ(正規運賃は理解していない)10000チャットなら乗る』

『15000チャットだな』

『いや、12000チャット』

『13000チャット、これがファイナルプライス。これ以下なら乗せない』

 

こうなると私の負けである。

13000チャットで乗せてもらうことにした。

 

あとでわかったことだが、正規運賃は8000〜10000チャット。つまり400円ほどボラれたことになる。

ちゃんと目的地に着くか心配だったが、無事、宿の前まで送り届けてくれた。

 

 

バンコクを出て、ヤンゴンの宿に着くまで26時間。

さすがに疲弊しきっていたため、シャワーを浴び、食事もせずに眠ることにした。

 

タナカな女の子(帽子なしver)

 

 

2件のコメント

しばらく飲んでいると虚ろな目をしたシドルが聞いてくる。

 

『ケイタはやったことあるのか?』

 

ちなみにこのシドル、元々レスリングをしていたらしく、格闘家並みに体が

でかい。

万が一ケンカでもしたら私はたちまち病院、もしくはあの世送りにされてしまうだろう。

 

『うちの国は厳しいからね。やったことない』

『バックパッカーなら一回くらいやってみろよ』

『いや、俺は違法なものはやらないって決めてるんだよ。だからやめとくよ』

『そうか、もったいねえな』

 

 

その後、再び中華街に戻り、腹を満たした後、皆でホステルへと戻った。

 

 

宿に着いたのは深夜11時過ぎ、そのまま屋上で飲もうという話になった。

 

ただイスラエルの医師アミールだけは、『今メールしてるタイの女の子がゲットできそうなんだよ』と言い残し、再びバンコクの夜へと消えて行った。

 

 

残された4人でなんでもない話を続けた。

 

そんな中、私の興味はもちろんスペインの美女マンタである。

なんとか共通の話題を見つけたいと思っていた矢先、彼女が日本のアニメが好きであることがわかった。

 

ここぞとばかりに私は、様々なアニメの話をした。

彼女も大好きな話題に徐々に興奮してくる。

会話だけでなく、おジャ魔女どれみの主題歌『おジャ魔女カーニバル!!』を一緒に歌うなど夢のような時間を過ごした。

 

 

そんな話をしている横で、アメリカ人シドルはマリファナを吸い続けている。

 

それまで一人で吸い続けていたシドルだが、突然、自らが吸っているそれを回し始めたのだ。

 

カナダ人のスカルが当然のようにそれで一服する。

彼が吸うのは、何の驚きもない。

というのもカナダではマリファナは違法であるにも関わらず、市内では自動販売機で購入できるなど市民に非常に近い存在なのだ。

 

その後、それはマンタの手に渡った。

 

『どうするのかな?』と見ていると彼女も当然のようにそれで一服する。

先ほどまで一緒に『おジャ魔女カーニバル!!』を歌っていたあのマンタがである。

 

『ケイタもどうだ?』と皆が勧めてくる。

それでも私の意思は固い。

『ありがとう、けどやらないって決めてるから』

 

そう答えるとそれ以上は誰も勧めてこなかった。

 

 

その後、深夜2時まで話をしながら過ごすのだが、これほどに頑固でノリの悪い私に対して

『ケイタ、明日キックボクシングを見に行かないか?みんなで賭けようぜ』

と遊びの誘いをしてくれるのは嬉しかった。

 

何も予定がなければこの愉快な旅人たちと共に一日を過ごしたのだが、あいにく明日は予防接種・ミャンマービザの取得と忙しい。

 

『いつかまたそれぞれの国で会おう』とアツい握手を交わし、私たちは各々のベットへと向かった。

 

 

バンコクでこのような楽しい夜を過ごすのは初めてであった。

 

 

バンコク最後の夜となるこの日、私は作業をしていた。

作業というのは、台湾でのインタビュー記事をまとめたり、ウェブサイトで発信するための準備である。

 

真面目にそれらの作業をしていると、隣で昼食を取っている西洋人の顔立ちをしたガタイの良い男に声を掛けられた。

 

『さっきから何してるんだ?』

『んー仕事?俺、日本の理学療法士なんだけど、いろんな国の医療者に会いながら旅してて、今その記事を書いてるんだよ』

『そうなのか。俺医者だぜ』

 

彼はイスラエルの医師で名はアミールといった。

年齢は26歳と私より一つ年下であった。

 

その後しばらく会話は続き、彼の方から

『今夜どこか行かないか?俺の友達も一緒なんだけど』

特に予定もなかったため、『もちろん』と返事をし、18時に再びロビーで会うことにした。

 

 

18時にロビーに着くと私が一番乗りであった。

10分ほどで全員が集合する。

 

イスラエル人のアミール26歳、アメリカ人のシドル31歳、カナダ人スカル39歳、スペイン人マンタ20歳前半、そして日本人のケイタ27歳というなかなか愉快な仲間たちである。

 

スペイン人のマンタのみ女性であったため、年齢は誰も聞いていない。

ちなみにこのマンタ、昼間ゲストハウスのロビーで見かけた際に思わず見とれてしまった程の美人である。

 

このブログを通じて彼女の美貌を皆様にもお見せしたいところだが、本人のネットに写真を載せたくないという強い希望があったため、写真の掲載は控えさせて頂く。

おそらく我々のような汚いバックパッカーどもと共に行動していたことなど自国の友人たちに知られたくないのであろう。

 

 

我々は、まずホステル近くにある寺院へと向かった。

その寺院は、日本の神社仏閣とは大きく異なり、派手、そしてかなり高所に建てられているため、バンコクの街が一望できるのである。

 

 

そのような由緒だたしき場所で我々が何を話していたかというと、やはり下ネタである

彼らは昨夜も行動を共にしていたらしく、ピンポンショーを見に行ったと嬉々として話してくれた。

 

 

19時を回り、腹が減ったと大人5人で中華街を練り歩く。

それぞれが食べたいものを買い、それをみんなでシェアする。

『なんか修学旅行を思い出すな』と楽しかった。

 

1時間も歩いていると足が疲れてくる。

『どこか店に入ってビールでも飲もうか』とアミール

皆が賛成し、適当なバーで皆で一本ずつビールを空けることにした。

 

 

しばらくするとアメリカ人のシドルが

『ちょっと吸ってくるわ』

と物陰に隠れて何かを燻らせている。

 

そこで私は『彼は何を吸ってるの?』とわかりきった質問をしてしまった。

 

もちろんマリファナである。

 

5分ほどして帰ってきた彼の表情は徐々に虚ろになっていく。(つづく)

 

 

Hua Lamphong駅までの道中、私の心境は複雑であった。

 

彼にいてほしい。

そして交渉して失った100ドル札を取り返したい。

 

しかしである

 

おそらく彼はしらを切り通すであろう。

そして結果、私は泣き寝入せざるを得ないのであろう。

 

そう考えると『彼にいてほしい、けどいなかったら諦められるのにな』

それがこの時の私の心境であった。

 

駅に着いた。

そこでまず見かけたのは、先ほどまで私が後部座席に座っていた彼のものと思しき白のバイクである。

 

『ということは彼はここにいるのでは?』

 

そう思い、10人ほどいるバイクタクシーのドライバーの中から彼を探した。

 

すると一人私から背中を向けている男がいる。

私はその男の顔を覗き込んだ。

 

 

見つけた!

 

この男である!

この男こそが私の大切な100ドル札を持っているであろう、あのバイクタクシーの兄ちゃんである!

 

私は早速彼に話しかける。

 

 

 

『さっき俺を乗せてくれましたよね?』

 

 

 

『・・・・・・知らん』

 

 

 

『いやいや知らんってつい1時間前ですよ』

 

 

 

『知らんと言ったら知らん』

 

 

 

『俺その時、間違って100ドル札をあなたに渡したよね?すみませんが返してください』

 

 

 

会話を聞きつけた周りのドライバー仲間が集まってくる。

 

手荒なことをすると逆にこちらが袋叩きにあってしまうであろう。

 

 

 

『・・・・・・・』

 

 

 

『お願いです。悪いのは全て俺です。けどあの100ドル札は親友がくれた大切なものなんです』

 

 

 

『・・・・・・・』

 

 

 

『お願いします』

 

 

 

すると彼は無言で自分の財布から札束を取り出す。

 

俺の財布には100ドル札など入っていないよ、そう証明するためであろう。

 

 

 

 

と思いきや

 

あるではないか!

 

大量のバーツ札の中に不自然に紛れ込む私の100ドル札が!

 

 

 

『ラッキーと思ったんだよ』

 

 

 

『え?』

 

 

『だからあの時、俺「うぉ!」って叫んだだろ?』

 

 

 

『確かに叫んでましたね』

 

 

 

『・・・・・・・・』

 

 

 

『・・・・・・・・』

 

 

 

『けどやっぱり悪いから返すわ!』

 

 

 

『まじすか?』

 

 

 

『まじだよ』

 

 

 

『うぉぉぉぉぉ!!!!!ありがとうございます!!!!』

 

 

 

『よかったな!』と彼に背中を叩かれる。

 

『青年よ!おめでとう!』周りのドライバーたちからも祝福される。

 

 

『本当にありがとう!』と言い、彼とアツい握手を交わす。

 

 

『これお礼としては少ないけど、倍の200B(600円)あげます』

 

 

『なに水くさいこと言ってんだよ。100Bでいいよ』

 

 

『いやいや本当に200B受け取ってください』

 

 

『そこまで言うなら受け取らせてもらうよ、ありがとう』

 

 

 

こうして紛失した100ドル札を巡る交渉は平和的に解決した。

 

イヤなこともあれば良いこともあるもんだ。

 

そう思いながら帰路に着いた。

 

 

宿に着き、今度はイヤホンを紛失していたことに気づくのだが、そんなことはもうどうでも良かった。

 

親切なバイタクの兄ちゃんと

返ってきた100ドル札

 

 

 

 

スネークファームを後にした私はバックパッカーの聖地カオサン通りへと向かった。

 

前述したように私はこの地が好きではない。

 

欧米人の数が多すぎるのである。

そして私の嫌いなクラブミュージックが朝まで鳴り響くのである。

 

しかし、安宿が集まるカオサン通りは我々貧乏バックパッカーにとって魅力的な場所に違いなかった。

 

カオサンへはバイクタクシーを利用した。

本当は安いバス・電車を利用したかったのだが、如何せんネットが利用できないため、どこに行けば良いのかわからない。

 

バイクタクシーは当初400B(1200円)だったのを値段交渉し、100B(300円)にまで値切ることに成功した。

 

その後15分ほどでカオサン通りに到着する。

そこで100Bを払い、宿を探すこととした。

 

3軒のホテルを見せてもらった結果、一番安い一泊200B(600円)の宿に決める。

ビジネスホテル風の綺麗な一泊600B(1800円)の部屋とも迷ったのだが、こんなにも早々に贅沢をしては先が思いやられると思い、やめることにした。

 

ベッドに腰掛け、残金を確認した際にあることに気づく。

 

ないのである

財布に入れていたはずの100ドル札が

 

何度探すもどこにも見当たらない。

 

そういえば、バイクタクシーの兄ちゃんに100Bを渡した時に異様に驚いていた。

 

あの時、間違って100ドル札を渡してしまったのだ。

そうに違いない。

 

私は絶望した。

そして申し訳なく思った。

 

というのも、あの100ドル札は私にとってその金額以上の意味を持つ。

 

旅立ちの1週間前、親友の田中くんと飲んだ。

その際、彼と彼の奥さんますちゃんから選別にと貰ったのが、この日紛失した100ドル札なのだ。

 

私はすぐさま彼に電話し謝罪した。

旅の後半ならまだしも、旅を始めて1週間も経たないうちに失くしてしまうなど本当に情けなかった。

 

彼は『ネタになって面白いし、いいんじゃない?』と許してくれた。

 

私は諦めようと思った。

 

このタイの地で、失った大金100ドル札などどう考えても取り返せるはずがない。

 

1日の最低賃金が900円の彼らにとって100ドルという金額は我々以上の価値を持つ。

 

万が一彼を見つけ出せたとしても返してくれるはずがない。

 

しかし、何もせずに諦めるのは田中夫妻に申し訳ない。

 

おそらく取り返すことは不可能であろう。

しかし、彼らのためにできるだけのことはするべきだ。

 

そう思い、バイクタクシーを拾ったHua Lamphong駅へと向かった。(つづく)

 

 

 

 

序盤は快適であったバス移動であったが、すぐに渋滞に捕まってしまった。

そうなると車内は暑い。

 

2時間かけて目的地スネークファームに着いた。

迷いながらも入り口らしきところに着くが、鍵が施錠されている。

 

不審に思い、裏口に回ると扉が開いている。

中に入ると営業時間である15時にも関わらず、明かりがついていない。

そして患者は一人もいないではないか。

清掃員の女性に事情を尋ねるも英語を話さないため会話ができない。

近くに欧米人の親子がいたため聞いてみた。

 

『予防接種を打ちに来たんだけど今日休みなの?』

『そうみたいね。今日は祝日らしいよ』

『まじかよ。え?じゃあ明日は?』

『明日も休みよ』

 

やってしまった。

祝日など確認していなかった。

 

そしてこの日、予防接種を打った後はすぐにチェンマイに行く予定であった。

 

というのも私はここバンコクが好きではない。

欧米人が我が物顔で闊歩するこの街が好きではないのである。

 

そのため、次の目的地ミャンマーに近づくために夜行列車でチェンマイに行く予定だったのだ。

 

それが月曜日までここバンコクで過ごさなくてはならなくなってしまった。

重い足取りで仕方なくバックパッカーの聖地カオサン通りへと向かう。

 

しかし、より大きなトラブルはこの後起こるのである。(つづく)

 

 

『メシはしっかり食っとけ!ぶっ倒れるぞ』

とあるウェブサイトに書いてあった。

 

バンコク・スネークファームで予防接種を受ける際の注意点である。

 

旅人にとって予防接種は必要不可欠である。

アフリカや南米では、黄熱病の予防接種を受けていないと入国を受け付けてくれない国も存在する。

 

しかし、予防接種は非常に高額だ。

国内で受けると5万円以上はするという。

 

そこで金のないバックパッカーたちはここスネークファームに集う。

 

理由は簡単。安いからである。

日本で受けるより1/4ほどで済ませられる。安全面も当然問題がない。

 

しかし、強いてあげるなら一つだけ問題がある。

 

1日に最大4種類の抗体を打つことができるのである。

これは時間のないパッカーたちにとってメリットである一方、デメリットもある。

 

まれにぶっ倒れるものがいるらしい。

 

そこで冒頭のアドバイスである。

 

私はそのアドバイスを忠実に守るため、ゲストハウス近くの安食堂へと向かった。

席に着くと店の主人が律儀に氷を用意してくれた。

 

それに持っていた7upを注ぐ。

虫が浮いているように見えるのは気のせいだろうか。

しかし、ここは微笑みの国タイ、笑って済ませるとしようではないか。

 

数あるメニューの中から海鮮フライドライスを頼む。

このボリュームで120円は素晴らしい。

味も前日まで滞在していた本場台湾のものと大差ない。

 

腹が満たされた私はいよいよ20km先のスネークファームへと向かう。

iPhoneが使えないため、また何度も道行く人たちに訪ねながらやっとの思いでバス停へとたどり着く。

 

そこで現地の中年男性にカタコトの英語で声をかけられた。

 

「どこへ行くんだい?」

「スネークファームだよ」

「スネークファーム?」

「病院だよ、予防接種を打ちに」

 

するとその男性はあからさまに私との距離をあけて座り直した。

 

おそらく予防接種の言葉が理解できず、私がなんらかの病原菌に侵されていると彼なりに理解したのであろう。

 

バスはすぐにきた。

空調はついていなかったが、窓から吹き込む風が心地よい。

 

ここからゆっくりと1時間半かけてスネークファームへと向かう。

 

これがこの日起こる二つのトラブルの幕開けだとは、この時私は気づいていなかった。(つづく)

 

 

 

15時に台湾の高雄を出発し、夜22時30分にバンコクのドンムアン空港に到着した。

 

一時は空港で一晩過ごそうかとも考えたのだが、空港近くに1泊900円のドミトリーをネットで発見したため、そこで泊まることにした。

 

タイは台湾に比べ、湿度が高い。

夜23時を回るにも関わらず、汗が止まらない。

 

 

私はここタイである英断を下した。

SIMカードを購入しないことである。

 

SIMカード一つで道に迷うこともなければ、暇を潰せる。

そのメリットの反面、全てがスマートにことが運ぶ、また人に話しかける機会が激減してしまうのでつまらないな。

台湾でそう感じていたため、タイで過ごす4日間はiPhoneに頼らないことに決めた。

 

というのも2年前まではSIMフリーiPhoneを持っていなかったため、ガイドブックとにらめっこしながら、現地の人に話を聞きながら旅をするというのが普通であった。

 

しかし、いざ使わないとなると不安になる。

 

空港の到着口を出るとSIMカード売りのおばちゃんたちがしきりに購入を勧めてくる。

価格は一日あたり200円。安い。

心が揺れる。

 

しかし、私は心を鬼にして空港を後にした。

 

 

ゲストハウスまでの道中感じたことがある。

 

野犬が非常に多いのだ。

これまで二度バンコクに来たことがあるのだが、その時はこれほどではなかった。

その理由はここドンムアンがバンコクの中でも郊外に位置するからであろう。

 

野犬を踏み、噛まれでもしたら最悪命を落とす。

そのため、聞いていた音楽を止め、細心の注意を払いながら歩みを進めた。

 

 

4人に道を尋ねながら、ようやく700m先のゲストハウスにたどり着くことができた。

30分以上もかかってしまった。

しかし、iPhoneに頼りきっていた台湾ではなかった達成感だ。

 

宿は900円という安さにも関わらず清潔で、6人部屋に宿泊者は私一人と贅沢な夜を過ごすことができた。

 

 

My journey started from my favourite country Taiwan. It was my 5th visit to this country.

The main purpose  was to see Taiwanese physical therapists and Taiwanese friends.

The first destination was Kaohsiung. I visited Dragon and Tiger Pagodas.

I decided to take photos with medical clothing on famous spots in many countries.

The next day, I went to Cijin peninsula. I enjoyed eating seafood.

I found Taiwanese beautiful girls on the beach. I wanted to talk to them but I could not do that because I'm super shy, haha.

This evening, I finally saw Dexter, who I met 4 years ago in Tainan and helped me to search my hostel.

I planed to leave Kaohsiung this night, but he recommend me to stay his house. So, I was too dependent on his kindness. His house was surprisingly large!

I met Ms.Chih-chin and Mr.HanSheng, who are Taiwanese physiotherapists, on May 9.

On the morning, I participated in a Tai chi group. It was first time for me to practice Tai chi. I was laughed by participates because my legs were twitching by fatigue.

After that, I observed an elderly facility in Taichung with them.

I will write articles about these experiences on a rehabilitation webpage in detail. Thank you very much, Ms.Chih Chin and Mr.HanSheng. I'm so happy to see you!

I spent the last night in drinking with my friends. I laughed a lot 🙂

I came to love Taiwan more.

Thank you everyone!!

 

 

 

『人間は手足が計4本。男女がベッドに入ったら何本になるでしょう?』

 

と質問してきたのは、台湾美人の陳ちゃんだ。

 

先ほどの店で友人たちとは別れ、二軒目のバーで異なる男女6人と飲んでいた。

ちなみに今回も私以外は全員台湾人。会話の9割は中国語である。

 

『え?8本じゃないの?』

 

『ブッブー!答えは9本です!』

『なぜならチンチン(日本語)が含まれるからです!台湾ジョークでした〜』

 

めちゃくちゃ可愛いではないか....。

 

ただちょっと待て

酒に酔った私の頭がここぞとばかりにフル回転する

 

『ちょっと待ってよ。やっぱり8本が正解だろ?だってその最後の一本はベッドの上で消えちゃうからさ』

 

『????』

 

『女の子の中にだよ!』ドヤ顔

 

一同大爆笑

 

 

ちなみに私と陳ちゃんはこの日が初対面。

彼女は、性に対して積極的な性格でなんでも私に聞いてくる。

 

『この香港の俳優あの人に似てない?あの〜だれだっけ、、、そう!ゴールドフィンガー!』

 

『加藤鷹?』

 

『そう!加藤鷹!!』

 

一同大爆笑

 

 

『日本人はベッドの上でどうやって声を出すの?』

 

『ん〜「やばいやばい」とか「気持ちいい」とかかな?』

 

『ヤバイヤバイ!キモチイイ!ヤバイヤバイ!キモチイイ!』

 

『こんなところで言っちゃダメだよ(笑)』

『ちなみに台湾の女の子はどんな声を出すの?』

 

『私はとにかく叫ぶ「アーーー!!!」』

 

一同大爆笑

 

 

『私ね、彼氏のこと"ソーセージ"って呼んでるの』

 

一同大爆笑

 

 

性に対して開放的な一方、会話の端々からどこか知性を感じさせる彼女。(この文章からでは伝わらないだろう)

久しぶりに素敵な女性と出会えたのに彼氏がいると聞き少し残念。

 

 

英語ができて、酒が飲めるとこんなにも愉快な夜が過ごせるのです。

※ちなみに彼女はシラフ(笑)